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死の瞬間に起きること!

死の瞬間に起きること!

信じている人も多いが・・・
せめて知ることは必要だ!
その理由は、
人間は確実に死が訪れるということだ・・・!

誰しも最愛の人の死は、

計りようもなくつらい・・・。

いくら死について、

その不可避を納得していても、

永遠の哀しみを体感するのは致し方が無い。

しかし、

魂としては

一時の別れに過ぎないということを知れば、

少しは慰められるだろう。

他ならぬ自らの体験でもある。

そして、

毎日のように死について考えない日はない。

縁起でもないと思うだろうが、

それが現実の世界である。

死について考えるという事は、

如何に生きるかと言う問いでもある。

「自殺」ついて考えて居るのとは全く違う。

誰しも、

人は日々死に向かって生きている。

死と言うことが違和感があるなら、

死とは別な言い方をすれば「往生」である。

往きて生きると書いてある。

一つの生の形態が終わり、

卒業して別の形態の生きるということである。

この世から、

あの世への形態変化が死であるとすれば、

一つの別れが、

別の出会いを招く。

この世から見れば死であるが、

あの世から見れば新たな生である。

とは言え、

誰もその間のことを記憶に止めていないから、

少し厄介であるし、

水かけ論議も起こってくる。

誰も死んで生き反って来たものは居ない!

こう言う論議だ。

それは早計である。

臨死体験は多い。

臨死体験が本当の死であるとの証拠はないが、

覆いに参考になる話で、

おそらく実体に近いのではないかと確信をしている。

信ずるという事は難しい。

人の言うことを受け入れることを信ずると書く。

信者とはそういう方々だ。

合わせて漢字にすると「儲ける」と読む。

商売もそうだが、

結局、

儲けるのは相手方を言うことを信じて、

行動に移しているから、

儲けるのである。

人生観も同じで、

この世があり、

あの世があり、

死んでも人生は続く・・・。

信じた方が儲ける話だと思う。

只、

何もかも信ずるべきではない。

確認する必要がある。

確認してそれでも疑いがなくなれば信じるべきだ。

確信と言う。

確信しても信じて行動しなければ、

儲けることはない。

ビジネスも人生も同じである。

【転載開始】

臨死体験者6人が明かした「死の瞬間に起きること」が想像以上! 星も光もない宇宙、死者と再会、後ろ向きに吸い込まれ…!

2018.02.07

 死は誰にでも平等に訪れる。だがその瞬間、一体何が起こるのか? 人は何を思い、考えるのだろう? 英「Mirror」の記事から、この永遠の謎に関する6つの体験談をご紹介しよう。

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画像は「Thinkstock」より引用


■本を読んでいるように

 5年前に大手術を経験し、出血で数分間にわたり生死をさまよったある人は、星も光もない宇宙を見たという。目を覚ましても話すことはできず、ただそこにいただけだったそうだ。

「寒くもなく、暑くもなく、飢えてもおらず、疲れてもいない。平和であいまいな状態でした。そこに光と愛があるのは分かっていたが、急いでそこにいく必要はないと思いました」

 死にかけた時に人生について考えていたのは覚えているが、それはモンタージュのようなものではなかったという。生還後は、いくつかのことについて考えを改めたそうで、死ぬのは相変わらず恐いけれど、何が起こるのかは心配ではなくなったという。

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画像は「Mirror」より引用

■親しい人の訪問

バイク事故で死にかけた人は、救助を待っている間に励ましてくれた誰かの存在を覚えていた。道路上に横たわり、意識が遠ざかっていく最中、突然誰かの声が聞こえて、ヘルメットを強く叩かれたのだという。

「目を開けると隣に兄が座っているのが見えました。彼は数年前に亡くなっているのに。兄は時計を見て、もうすぐ彼らが来ると告げて立ち去りました」

 事故の際に覚えている記憶はこれだけだという。本人は自分の記憶に問題があることを認めている。

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イメージ画像:「Thinkstock」より

■庭

アレルギー反応で6分ほど心停止した人は、庭を見たという。

「ゆっくりと後ろ向きに吸い込まれていく感覚を覚えています。そして気がついたら、私は庭を見つめていました」

 その庭はよく語られるような花畑ではなく、土埃の舞うまだらな芝生だったという。メリーゴーランドが置いてあり、2人の子どもが遊んでいたそうだ。

「説明するのは難しいのですが、そこに留まるか離れるかは自分で決められると思っていたのに、帰ろうとするたびにその場に引きとめられてしまうのです」

 帰りたいと思う理由を口に出して説明すると、急に自分の体に引き戻されたという。


■スヌーズボタンを叩く

 敗血症と感染症で死にかけた人は「最悪な出来事は、後から思い返すと実に平和的だった」と語った。この人は、自分の体験を目覚まし時計のスヌーズ機能に例える。

「朝7時、スヌーズボタンを2、3回叩くとしても、仕事や学校には行かないといけないでしょう。だから起きることができるんです」

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画像は「Mirror」より引用

■ジョークを飛ばす

心臓発作の治療中に3度心臓が止まっても、ジョークを止められなかった人もいた。

「どうも電気ショックで意識を取り戻すたびに、スタッフにダジャレを飛ばしていたそうです」

 光も何もなく、眠っているような感じだったそうだ。


■何もない

バイク事故で脈拍と呼吸が止まり、けいれんを起こして硬直状態になったが、友人のおかげで蘇生した人は「何もなかった」と言う。

「私にとってはただのブラックアウトでした。夢も幻も何もありませんでした」

 気がついた後、自分に何があったか何度も尋ねたという。この人は今も生きていて嬉しいと語っている。

 死の瞬間、何が起こるか。一般的には白い光や人生を振り返る走馬灯を見るともいわれるが、これらの体験を見ると一概にどうといえるものではないようだ。いずれこの謎が解ける瞬間が訪れるが、どうか安らかなものであってほしいものだ。【転載終了】



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