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富という物は、増える物なのだよ。そのメカニズム

富という物は、増える物なのだよ。そのメカニズム

経済!
と言う言葉をどう考えているだろうか?
「経済学は、限られた資源の制約の下で、
生活を豊かにするための方策」
と一般に考えられている・・・?!
本当だろうか?

 

限られた資源とは何か?

石油、電気、食品、あるいは、諸々の経済資源と言われているものである。

他にも、金融資源と言うものがある。

それが、今、破たん寸前にあると言われている。

本当だろうか?

 

もっと言えば、

原発再稼働が急がれている。

その理由は、電気エネルギーの枯渇の危機が叫ばれているからだ。

本当だろうか?

 

日本で、最大の発電量を誇るのは、東京電力なのだが、

新日鉄住金グループでは、発電会社10社中、6位を占めるまでになっている。

実に、沖縄、四国、中国電力等を抜いて、東北電力に次いでいるのである。

他にも鉄鋼メーカーはある。

これで、本当に電気エネルギーは不足しているのであろうか?


 

実は、「経済学は、限られた資源の制約の下で、生活を豊かにするための方策」

の『限られた資源の制約の下で』という、条件はウソである。

資源は限られているのでなく、資源の独占を前提に、

刷り込みを強いられているのだ。

何故か?

 

希少性、限定性を唱えるのは、

マーケティングの基本である。

いつの間にか、

資源が不足というマーケティング戦略に乗せられてしまっている。

 

この事は、

他の全てについても言えるだろう。

環境問題もそう、

二酸化炭素問題も、温暖化もそうである。

原子力発電に至っては、丸ごとそうである。

 

金融問題に関していえば、

刷りさえすればいくらでもお金は生み出される。

問題は、秩序の維持の問題だけで、

要するに、

軍事力である。

 

いつの時代でも、

戦争に勝っている間は、

軍票は自由に使え、そして、価値を失う事はなかった。

負ければ、別の紙幣に代っただけである。

交換もされる訳がないから、紙切れになっただけだ。

 

今や、

お札は無尽蔵に刷り出されている。

目の前には現れないが、金融市場には湯水のごとく供給されている。

はたして、何が不足しているというのであろうか?

 

寧ろ、有り余ったそれらが、

行き場を失って中空に彷徨っているだけだ。

彷徨っている訳であるから、

スクラップ&ビルドで、破壊しているのが戦争である。

それで潤っているのが、軍産複合体であり、民間軍事会社である。


 

そして、

その元締めに多額の富が集積されている。

そのための『限られた資源の制約の下で』という、

経済についてのお題目である。

『限られた資源』を支配する勢力は、

儲けが止まらないし、支配構造は揺るがない。

 

そして、

お金を支配する勢力は、刷れば刷るほど、手数料に事欠かない。

所詮、権力のあるところに富は流れる。

いつの時代も同じである。

 

されば、

この事をとやかく言っても、

はっきり言ってしょうがないと思うのである。

それをするなら、事は大きくなる。

それでも良いが、

非現実的である。

 

しかし、

 

出来ることがある。

『限られた資源の制約の下で』という、

経済の定義を信じないことだ。

資源は限られてはいない。

只、それを有効利用しようとする知恵が求められているだけだ。

知恵は無限である。

知恵が、資源を有効活用する。

従って、資源も実は無限である。

 

省エネ技術を見れば分かるだろう。

その内、

宇宙に無限に存在するダークマターから、

無限のフリーエネルギーが生み出される。

クリーンで、只である。

 

権力者に立ち向かっても、

危険千万であるから、

言う事を聞かないで、洗脳されず、

ひたすらに知恵を働かし、努力する事だ。

無限の富を手にすることは、決して不可能ではないと考える一人である。

 

【転載開始】

富という物は、増える物なのだよ。そのメカニズムを説明いたしましょう。

たとえば、世界に二人(A君とB君)しか人間がいないとしよう。そして、1万円札が1枚だけあるとしよう。この時点では、世界全体の富の合計金額は、たったの1万円ということになる。

最初、A君が1万円札を持っていたとしよう。B君はそれが欲しかったので、A君のために家を作ってあげて、A君に1万円で売ってあげた。その結果、 今度はB君が1万円札の所有者となった。A君の手からは1万円札が失われたが、かわりに家が残った。この時点で世界全体の富の合計金額は2万円ということ になります。(1万円札+1万円相当の家)

次に、A君くんは、ふたたび1万円札が欲しいと思い、B君のために家を作ってあげてB君に1万円で売ってあげた。その結果、今度はA君は1万円札と 家の所有者となった。B君の手からは1万円札が失われたが、かわりに家が残った。この時点で世界全体の富の合計金額は3万円ということになります。(1万 円札+1万円相当の家が2軒)

こうして、A君とB君との間を1万円札が行ったり来たりするたびに、A君とB君の手元には、様々な不動産や価値ある品物が増えていった。(つまり世界全体の富の合計金額が増えていった)

やがて、二人は良い考えを思いついた。お互いに価値ある財物をたくさん所有するようになったので、それらを担保として1万円札をもっとたくさん作ろうと。(10万円相当の財物を担保に1万円札を10枚作るということ)

その結果、もっと多くのお金が二人の間を行き来するようになり、もっとたくさんの財物が生産されるようになった。

以上です。設定にやや無理がありますが、原理は真実です。世の中の各人が「お金が欲しい!」と思い、お互いに努力し、生産し、サービスを提供し、つまりは経済活動をすればするほど、世の中全体の価値ある品物・価値あるサービス・財産、つまり富は増えていくのです。

要するに、あなたがお金を儲ければ儲けるほど、世の中全体も豊かになっていくのです。あなたがお金を儲けたということは、それに相当するだけの価値を誰かに提供したと言うことでしょう? つまり「A君に作ってあげた家」を創造したと言うことでしょう?

あなたは儲ければならない。なぜならば、それが世の中全体を豊かにすることに直結しているのだから。

たとえば、今中国が急速に経済成長し、国全体の富が急激に増えているのは、先ほどのA君・B君の営みを10億人規模で(それこそ血眼になって)やっているからです。つまり、多くの人々が「お金を儲けよう!」と必死で頑張ると、世の中の富は無限に増えるのです。

今の日本が経済的に縮んで(つまり貧乏になって)いっている理由は、多くの人々が「お金を儲けよう」としなくなったからです。

出典 知恵袋

【転載終了】

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